、質問があるんだが」
「ん? あ、どうぞ」


 はシャープペンシルを机に置いて、武藤遊戯に向き合った。遊戯といえども千年パズルにやどったもうひとつの意思の遊戯である。


「その、『愛してる』って、なんだ」 
「は?」


 は目が零れ落ちるんじゃないかと思うくらいに目を見開いた。

 誰も居ない放課後の図書室。大きな窓から燃え盛る夕刻の赤光が射し込み、古いインクのにおいがかすかに鼻をかすめる。

 誰も居なくて良かったと、は思う。誰かにこの会話を聞かれたら大変なことになっていた。


「なにそれ。なんかの嫌がらせ? 頭ぶつけた?」
「俺はいたって真面目だ。ほら、ここに」
「どこ?」


 遊戯は手に持った教科書をに向かって差し出した。

 が受け取って覗き込んでみると、それは現代文の教科書であった。恋愛をテーマに書かれたもので、引き裂かれた男女が別れ際に抱き合い、愛の言葉をささやきあっているシーンが、淡白な文章であるがロマンティックに描かれている。


「あ、これか」


 は納得したようにうなづいた。このページはも読んだことがある。クラスの女子が素敵だのなんだのと騒いでいたからだ。結局得られるものは何も無かったが。


、教えてくれないか?」
「んー、そうだねぇ」


 遊戯はあくまで真顔で、にもう一度問いかけた。は小さくうなると、眉間にしわを寄せて考え込む。

 いきなり言われても答えられるものではない。はそういってその場を流そうかと思ったが、遊戯の真剣で純粋な輝きを持つ目を見ると、それを言ってはいけないだろうと思い口をつぐんだ。


『もう一人の僕、ちゃんをいじめちゃだめだよ!』


 そうやってが深刻な顔をして黙っていると、遊戯の背後から淡く透けた遊戯の影が浮かび上がった。


「すまない相棒。だがならちゃんと教えてくれるんじゃないかと思って」


 遊戯が助けを求めるようにに視線を送ったが、は申し訳なさそうに方をすくめる。さすがのも、怒った遊戯の影に立ち向かう勇気は無い。


『ほら、ちゃん困ってるよ!』
「いいよ遊戯、あたしのことは気にしないで」


 彼女がへらりと笑って言うと、影は眉をつり上げてに迫った。


ちゃん、もう一人の僕はね、城之内くんや杏子、バクラくんに海馬君にまで聞いてるんだよ!』
「え、そんなにたくさん?」


 驚きを隠せないの様子を見て、影は楽しげに笑った。その横で王様は恥ずかしそうに身を縮める。


「そんなにたくさん聞いても、満足な答えは得られない、と」
「だ、だからに聞いてみたんだ」


 教えてくれるよな、と首を傾げたずねる遊戯がかわいらしいと思ったのは内緒だ。は観念したようにため息をついた。
 

「わかった。あたしの考えを話すよ」
「本当か!?」


 は小さく微笑んで遊戯に言った。遊戯は身を乗り出して言葉を待つ。

 恥ずかしそうに視線をさまよわせたは、少し小さな声で遊戯に言った。その頬は珍しく赤く染まり、いつも余裕な雰囲気をもつ彼女とはまた違う、不思議な魅力を感じさせる。


「愛してる、ってさ。きっとその人が好きすぎて死にそうになるってことだと思うよ。何度好きって言葉を重ねてもたりないくらいね」
「………」


 遊戯は相槌もなく、きょとんとしてを見つめた。は赤く染まった顔を手のひらで仰いで、ほてりを覚ます。

 言わなきゃ良かったと後悔の念が押し寄せてくるがもう遅い。


「ほ、ほらっ、勉強するよッ!」


 はスカートのすそを握り締めて、精一杯の虚勢を張りながら言った。軽く涙目になっているのは気のせいではないだろう。



「あァ?」


 遊戯はくすりと笑って、に一言つぶやいた。


「『愛してる』ぜ、


【あとがき】

 王様といちゃらぶさせてみたかったんだ。
 後悔はしてない。多分。